「こんなにたくさんの色が含まれているなんて・・・」
初めて目にした螺鈿の前で、私はおもわずつぶやいていました。
あなたは「伝統工芸品」と聞くと、どんなイメージが湧きますか?
「美術館に展示されてそう」「昔、歴史の教科書で見たことがあったなあ・・・」など、私たちの日常では触れられない、なじみのないものに感じる方が多いかもしれません。
そんな人も、嵯峩螺鈿・野村(さがらでん のむら)が作る「螺鈿(らでん)」なら、きっと目を惹かれるはず。
私も初めて作品を見たときは、虹色の美しさに、思わず息をのみました。
螺鈿とは、漆と貝を材料とした伝統工芸品。
貝の裏側の虹色に光る部分を切りだして使うため、見る角度によってまったく違う表情を見せます。
じっと見入ってしまう美しい貝を用いたジュエリーや筆記具は、伝統工芸品になじみがない人でも思わず手に取ってしまうはずです。
「螺鈿を手に取ってもらえるきっかけを作りたい」
そんな想いで家族で伝統を守り続ける嵯峩螺鈿・野村について、職人の「のむらまり」さんにお話を伺いました。
家族で守る100年の伝統
1910年に創業した「嵯峩螺鈿・野村(さがらでん のむら)」は、伝統工芸品の「螺鈿(らでん)」を製作・販売する老舗の螺鈿専門店。
京都府の観光地、嵯峨嵐山にお店を構えています。
創業当時は和室の飾り棚などのオーダーメイド(おあつらえ)を本業としていましたが、今は茶道具やジュエリーを数多く取り扱っています。
現在、嵯峩螺鈿・野村を支えるのは、野村さんご家族。
3代目当主の野村守(まもる)さんと娘ののむらまりさん、息子の野村拓也さんが職人として作品を製作し、奥さんが接客や作品の発送などを手がけています。
とはいえ、事務も店頭での接客も、家族全員が交代でおこなうそう。
お店を訪れた人に直接螺鈿の魅力を伝えている、お客さんとの距離がとても近いお店なんです。
製作期間は3ヶ月。貝選びへのこだわりが生む作品の輝き
螺鈿は、60から100もの工程を経て、1つの作品に約3ヵ月もの月日をかけて製作されるそうです。
螺鈿を製作するときは、まず作品の土台となる漆の器やヒノキに、漆を塗って乾燥させるという工程をなんども繰り返します。
その工程が済んだら、貝殻の裏側の虹色に光る部分を文様にあわせて切りだし、土台の上に貼ります。
さらに漆を貝の上から塗ったあと、貝の上に塗った漆を専用の炭を使って少しずつ研ぎだし、磨いて仕上げるそうです。
どの製作工程にも高い技術が求められますが、のむらさんはとくに「貝選び」にこだわると言います。
「一枚の貝のうち、作品に使うのは5~10%ほど。
普通の色ではなく、すごくきれいな色のジュエリーにこだわりたいため、『これしかない!』という色の貝を選んでいます。」
嵯峩螺鈿・野村では、土台の色が黒色だけでなく、琥珀の作品も扱っています。
のむらさんいわく、「作品の土台の色が変わると、それに合う色の貝も異なる」とのこと。
そのため、土台の色に合わせて一から貝を選んでおり、それにもまた高い技術が必要になるそうです。
のむらさんは家業に入って約10年経ちますが、今もお父さんの守さんに教わりながら、土台に合う貝の色を覚えていくようにしていると言います。
「作ったときはきれいだと思っても、『もっとこうしたら、よりきれいになったかも』とあとから感じることがたくさんあります。
貝選びの試行錯誤は、これからもずっと続きそうです」
そこまで貝選びにこだわるからこそ、「こんなきれいな螺鈿、見たことがない」という声をもらったときの喜びもひとしおだそうです。
以前、私が思わず店内を覗いたのも、螺鈿の貝の輝きがきっかけでした。
のむらさんからお話を伺い、その輝きが「貝選び」のこだわりと職人の技から生まれていたことを知りました。
貝選びへのこだわりから生まれる螺鈿の美しさは、螺鈿を知らない人の心までも動かすのです。
螺鈿をより親しみやすい身近な存在に
螺鈿が美しくても、普段使うイメージが湧かないと、なかなか手に取れず見るだけで終わってしまうかもしれません。
しかし嵯峩螺鈿・野村の作品は、私たちの生活に溶け込むイメージが湧くような、親しみやすさを覚えます。
たとえば、のむらさんの弟の拓也さんが主に製作しているという「シルバーリング」。
オーダーメイドで婚約指輪として作られたのがきっかけで生まれたシリーズですが、今は普段から使えるアイテムとして男女問わず人気を集めています。
また、現在子育て中ののむらさんは、小さいお子さんがいるお客さんにもシルバーリングをオススメすることがあるそうです。
というのも、指輪はピアスやイヤリングに比べて、子どもに引っ張られて取れてしまう心配が少ないからだと言います。
毎日子育てに追われる方も、指に光る螺鈿の美しさにほっと一息つけそうです。
のむらさんの代表作「ばらジュエリー」も、バラのモチーフが洋服になじみ、普段から身につけやすい作品です。
家業に入る前は会社員をしていたというのむらさん。
以前勤めていた会社の先輩が、いつも素敵なアクセサリーや小物を身につけているものの、伝統工芸品はなかなか手に取ってもらえないことに気付きました。
「普段から身につけるアクセサリーと同じように、自分へのご褒美として螺鈿も手に取ってもらいたい」
そんな想いから「ばらジュエリー」を考案しました。
「伝統工芸品は和の花をモチーフにしたものが多いので、あえて洋の花であるバラをモチーフに選びました。
また、前職の会社の先輩方はバラの香水やハンドクリームを使っていたので、バラのモチーフなら螺鈿を身近に感じてもらえるのではないかと思ったんです」
「ばらジュエリー」は当初、フランス語で「自信」を意味する「コンフィアンス」というブランド名でリリースされました。
そこには、「螺鈿が女性に自信をもってもらうきっかけになってほしい」というのむらさんの想いが込められています。
のむらさんは現在は「MARI NOMURA」のブランド名で、忙しい大人の女性を応援する作品を作り続けています。
嵯峩螺鈿・野村では、ジュエリー以外にも、螺鈿のステーショナリーも製作しています。
今年の春に守さんが製作したボールペンは、企画からなんと2年もの時間を経て形になった作品です。
本体には、1000本の柿の木のうち1本にしか現れないと言われる、黒い模様の入った貴重な「黒柿(くろがき)」を使用。
黒柿に映える貝は、まさに守さんの目利きによって選ばれています。
アクセントに光る貝と高級感のある見た目から、「あの人にプレゼントしたいな」と大切な人の顔が思い浮かぶような作品です。
「螺鈿を見るものから使うものに」
嵯峩螺鈿・野村は、今まで身近に感じにくかった伝統工芸品を、「使ってみたい」と思える親しみやすい形で、私たちに届けてくれます。
はじめて螺鈿を知る人にも寄り添う接客
作品への親しみやすさは、家族全員でお客さまを迎える接客からも生まれているんです。
実際に、店舗での螺鈿製作の体験会に参加したお客さんからは、「製作が難しかったけれど、丁寧にやさしく教えてもらえた」という声がネット上で多く寄せられています。
のむらさんは店頭に立つときに、お店を訪れるお客さんが螺鈿のことをまったく知らずに来店してもよいと考えているそうです。
というのも、ご自身も家業に入る前は、伝統工芸について詳しくは知らなかったからだと言います。
「私が他の伝統工芸のお店に行ったとしても、最初は何も分からないと思うんです。
お店に来てくださる方のうち、『螺鈿』の文字を見て『らでん』と読める方も少ないと思っています。
だから、私は作品について説明するときは、専門用語を使わないようにしています」
インタビュー中も、画面越しにご家族みんなで「ありがとうございました!」とお客さんにお声がけしている声が聞こえてきました。
「他の家族のメンバーも、それぞれが想いをもって接客しています」というのむらさんの言葉通り、伝統工芸品を知らない人も、安心して作品を手に取りやすい雰囲気があると感じました。
また、店頭では、お客さんが求めるものに合わせた説明や提案もおこなうそうです。
たとえば、七宝(しっぽう)模様の作品が気になっているお客さんには、模様の意味についても説明します。
七宝模様は、同じ大きさの円が4つ重なってできています。
円が途切れなく永遠に続くことから縁起が良いとされているため、七宝模様の作品はギフトにぴったりなんです。
お店を訪れるお客さんの中には、模様の意味を知らない方も少なくありません。
そんな方も、模様の意味を知ると、ギフトとして喜んで買っていかれることがあるそうです。
他にも、ピアスがつけられない方にはイヤリングの金具の付け替えを提案します。
のむらさん自身が金属アレルギーでピアスをつけられなかった経験から生まれた、細かやな気遣いです。
「伝統工芸品」と聞くと、「職人さんは自分のスタイルを守り続ける」「私たち消費者側が良さを理解しようと努めなければいけない」というイメージがあるかもしれません。
しかし、嵯峩螺鈿・野村では、お客さんが伝統工芸品により親しみを覚えられるように、職人さんからお客さんに寄り添っているように感じました。
作品そのものの魅力はもちろん、親身で温かい接客が、嵯峩螺鈿・野村が愛される理由なのでしょう。
人とのご縁で今に繋がる伝統の技
歴史のある技は、多くの方とのご縁で今に受け継がれています。
今まで「人のご縁に恵まれてきた」というのむらさんは、会社員を辞めて家業に入るときも、当時ご縁があった方に助けてもらったと言います。
「前職では、伝統工芸品の商品開発のセミナー運営などをサポートしていました。
商品開発のセミナーに来る方は、伝統工芸品に関わる会社の役員や社長さんが多かったのですが、私が退職するときにその方たちが『これから一緒に頑張ろう』と言ってくださったんです。
とくに、家業に入って最初の1~2年は助けていただきました。
実はそのときのご縁が今も続いており、今年は一緒に作らせていただいた作品を発表する予定です」
実は先に紹介した作品「ばらジュエリー」のブランドのコンセプトやロゴも、のむらさんがコワーキングスペースで紹介してもらったデザイナーさんの協力があり、形になったそうです。
また、2017年~2018年は守さんがフランス・パリの職人さんと協力してコラボレーション作品を製作しています。
お客さんと職人さんとのご縁に支えられながら、嵯峩螺鈿・野村はこれからも伝統の技を活かした作品を作り続けます。
最後に
今後のむらさんは、製作時にできる残った貝を使って、新たな作品を作ってみたいと考えています。
「貝を切り取ったあとには、星くずのような小さなかけらが残ります。
そのきれいなかけらを使って、新しい作品ができないかなと考えています」
嵯峩螺鈿・野村では、ネックレスの大きさを変えたり、ステーショナリーを製作したりと、移り変わるニーズに合わせて新しい作品を生み出しています。
螺鈿を身近に感じ、良さを知ってもらいたい。
嵯峩螺鈿・野村の想いは、これからも作品に形を変えて、お客さまの手に届きます。
お話を伺った作家さん
- 嵯峩螺鈿・野村 のむらまりさん
- 1984年京都府生まれ。
伝統工芸の商品開発運営の仕事を経て、2011年家業に戻る。
2014年ばらをモチーフにした螺鈿ジュエリーが、「京ものユースコンペティション」準グランプリ受賞。
2015年ミラノ万博に参加し、日本館内で螺鈿の技術や歴史などの紹介を行う。
仕事や家庭に忙しい大人の女性を応援するブランドとして、MARI NOMURAを立ち上げる。
これまで伝統工芸を知らなかった人へのきっかけ作りになればと考える。
2児の母。
この記事の制作に関わったメンバー
素敵な商品や作家さんの魅力にスポットライトを当てる、黒子のようなライターを目指しています。『素敵なギフト』編集部に2020年11月から所属し、そのときの気持ちにぴったりはまる言葉や伝え方を日々模索中。誰かが求めている言葉を、求められているときに投げかけられる人になりたいです。
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「素敵なギフト」編集部の勤続2年目女子ライター。日々、大好きな取材や編集に明け暮れていて、とても幸せです。自分が出会った素敵なギフトを、自分のか細い語彙力で紹介していきます。凛とした言葉を奏でられる人に憧れる。
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