私は、いわゆる就活に「失敗」した。
大学3、4年生の頃、周りの友人が自己分析やOB訪問、エントリーシートの提出で忙しいというのに、私は「こんなことしたくない」とふてくされて、いわゆる就活をほとんどしなかった。
今振り返れば、ただ単に面接に落ちるのが怖いとか、自分に向き合うのが面倒くさいといったことだったのだと思う。
プライドがすごく高くて、傷つきたくない。
カチンコチンの自意識のカタマリだったのだ。
ただ、決して働きたくないわけではなくて、本や雑誌が好きだったから「就職するなら出版社がいい」と思っていた。
とはいえ、ろくに準備をしていない自分が出版社の選考に進めるわけもない。
大学4年生の冬が来ても、1社からも内定をもらえず、私はようやく焦ってきた。
その頃はさすがに出版社にはこだわらず、いろいろな企業の選考を受けていた。
傘の卸やカーテンメーカー、電車アナウンスの制作会社など・・・。
志望動機もろくに言えずに、すべて「お祈り」されたけれど。
「偶然」のギフトで直島を知る
でも、転機はいきなり訪れるものだ。
いよいよ卒業式が間近に迫った2月。
神様が「偶然」を装ってギフトを贈ってくれた。
そうとしか思えない素敵な出会いがあったのだ。
ある日、大学の友人に会ったら、彼女が「ナナちゃん、直島っていうとても素敵な場所があって」と話してくれた。
そのときは「へ~、ナオシマ?知らないや~」と流しただけだった。
ところが、その翌日。
高校時代からの友人に会うと、彼女も「直島って知ってる?私、最近行ってきたんだ」と話し出したのだ。
「え、またナオシマ?」
私の大切な友人が立て続けに同じ場所のことを話すなんて。
しかも、このふたりはまったく面識がない。
就活の息抜き(?)に直島へ
この奇妙な偶然に惹かれて、直島をインターネットで調べてみると、瀬戸内海に浮かぶ「芸術の島」で、そこには美術館を併設したホテルがあるらしい。
生まれてからずっと関東に住んでいた私は、瀬戸内海にまったく馴染みがなかった。
でも、PCのディスプレイからは、その小さな島がいかに魅力的かが伝わってくる。
ウソのような偶然が起こったことを当時の恋人に話すと、彼は「直島に行けってことだよ!就活の息抜きにそのホテルに泊まろうよ!」と言ってくれた。
就活をろくにしていないのだから息抜きも何もないのだけど、大好きな人と旅ができる喜びと、「未来へのヒントが見つかるかもしれない」というワクワク感で、私はすぐさま宿泊予約をした。
直島のホテルで出会った、人生を変える「笑顔」
直島は世界の縮図のような場所
耳がツンと痛くなるほど風が冷たい2月、恋人と直島に向かった。
宇野港からのフェリーに乗って初めて見た直島は、ゴツゴツとしたハゲ山を切り開くように大きな工場がどーんと建っていて、「え、これが芸術の島なの?」と不安になったことを覚えている。
でも、直島港から送迎車でホテルに向かうと、畑があり、古い民家が肩を寄せ合う集落があり、穏やかな瀬戸内海を見渡せる砂浜があった。
その風景の中に、ポツンポツンと芸術作品が置かれている。
直島はたくさんの表情をもつ、世界の縮図のような島・・・。
日常と非日常が混じった美しさにただただ圧倒され、就活で悩んでギュッと硬くなっていた心がほどけていくようだった。
温かくも静かな想いが湧き上がるのを感じているうちに、送迎車はホテルに到着した。
人の手によって生み出された「建築」と「アート」が、「自然」と融合している場所。
無意識の奥深くのドアをノックされた感じがしたのだけど、そのときの私の語彙力では「すごい・・・」と言うのが精一杯だった。
一生忘れられない、まっすぐな笑顔
チェックインを済ませると、20代後半くらいの女性スタッフの方が部屋まで案内してくれるという。
黒髪をキュッと結び、水色の制服の背中がすっと伸びた、凛とした女性。
彼女はホテル内にあるアート作品を紹介しながら、この場所の美しさを語ってくれた。
話の合間に、恋人がふと「直島で生まれ育ったんですか?」と尋ねた。
すると、前を歩いていた彼女はクルッと振り返り、私たちをまっすぐに見ながらこう言ったのだ。
「私も最初は旅行で来たんですが、島の魅力に惹かれて移住してきちゃったんです。」
「直島は本当に本当に素晴らしい場所なんですよ。」
そのときの澄き通るような彼女の声と笑顔は、一生忘れない。
それは、自分の想いに正直になり、強い意志を持って自分の人生を選びとった人の笑み。
桜がほころぶような、芯のある美しさを感じた。
「あぁ、こんな素敵な笑顔の女性になりたい・・・」と心底思った。
旅から帰るとすぐ、ホテルの採用に応募
直島と、そして、あの女性スタッフの笑顔の美しさが心に刻まれて、帰りの新幹線では胸がずっとバクバクしていたのを覚えている。
自分でも思い切った決断をしたなあと思うのだけど、私は直島から帰ったらすぐにホテルのWebサイトを見て、スタッフ採用に応募した。
直島に行けば、就活から逃げるような中途半端な自分を変えられるかもしれない。
それに、あの女性スタッフのように輝けるかもしれない。
何より、直島という美しい場所で、何か大切なものが見つかるだろうという確信があった。
ホテルの選考では、それまでに受けた面接で一番、自分の想いを素直に表現できたと思う。
あの日出会った女性スタッフのまっすぐな笑顔に心から感動し、「こんな素敵な方が集まる場所で働きたい!」と感じたこと。
私の人生を変えるほどの出会いをもたらしてくれた直島やホテルの魅力を伝えたいと思ったこと。
そして、面接を担当してくださった方にもその想いが伝わった感触があった。
私は2回の面接を経て、ホテルの内定をもらった。
配属先はホテル内のレストラン。
接客の仕事だ。
思いもよらなかった方向に人生が回りはじめたことに、自分も周囲も驚いたけれど、直島に行く以外の選択肢は考えられなかった。
よし、直島へ行こう。
自分の手で何かを生み出したい
直島に移り住み、ホテルで働いたのは1年半くらい。
その間、毎日のように、優しい波音に耳を澄ませ、瀬戸内海に沈む夕陽のグラデーションに息を呑んだ。
そして、館内にあるたくさんの芸術作品を見つめ続けた。
レストランの仕事では、料理人が食材と向き合って丁寧に調理する姿や、そうしてできた料理をお客さまが「おいしい」と喜ぶ姿に感動した。
それとともに、こんな気持ちが生まれ、日増しに強くなっていった。
「私もアーティストや料理人のように、自分の手で何かを作り出したい」
「自分が作り出したもので、人に喜んでもらえるようになりたい」
接客の仕事は好きだったけれど、「自分らしい表現方法を探そう」と決意し、私はホテルを退職した。
私ができる表現を探したら、「書く」にたどり着いた
直島を離れてから、私は「自分らしい表現方法」を探し続けた。
花屋や美術館で働いたりと、それなりに紆余曲折もあったけれど、ようやく「これだ」というものに出会えた。
それは、「書く」という手段だ。
今、私は『素敵なギフト』の編集部で、記事の執筆や編集をしている。
言葉と向き合い、丁寧に紡いで、人に届ける仕事。
正直に言って、書くのはしんどい。
ピッタリの言葉が出てこなくて、自己嫌悪に陥ることも多い。
でも、その分、言いたいことがうまく伝わった手ごたえが感じられたときの喜びは格別。
私の想いを言葉にのせて、まっすぐまっすぐ伝えたい。
そう思える日々を振り返るたびに、この道にたどり着けて本当に良かったと思う。
そして、ずっと書き続けたいと思う。
いわゆる就活は「失敗」だったけれど・・・
自分らしい仕事の出発点は、あの笑顔
自分は就活に失敗したと昔は思っていた。
でも、いわゆる就活からドロップアウトしたからこそ。
さらに、ふたりの友人や恋人が直島に導いてくれたからこそ。
人生を変えてしまうほど、まっすぐで素敵な笑顔に出会えた。
そして、その笑顔が出発点となり、自分らしい仕事を見つけられた。
だから「結果オーライ」、むしろ「大成功」だったと今は思う。
1日1秒でも長く、笑顔でいたい。
これから就活しようとしている人に「就活なんてしなくても大丈夫」とは軽々しく言えない。
でも、もし「みんなと同じように就活できない」と悩んでいるなら・・・。
「一直線ではないし、でこぼこしているけれど、こんな道を歩いてきた人もいるから安心して」と伝えることはできそうだ。
それと・・・。
まっすぐな笑顔でいる人の周りでは、誰かの人生がより良くなるような素敵な出来事が起きていると、私は直島で学んだ。
「社会に貢献しよう」と思うと、「自分は何ができるのか分からない」と苦しくなってしまうこともあるかもしれない。
でも、「笑顔でいよう」なら肩の力が少し抜けて、自分にできそうなことが見えてくるかも。
とはいえ、ずっと笑顔でいるのは難しくて、私自身もしょっちゅう余裕のない表情になってしまっている。
だから、笑顔でいる時間を1日1秒でも長くするのが私の目標だ。
そして、でこぼこした道を不器用に歩いていても、直島で出会った彼女のような、まっすぐな笑顔ができればいいなと思う。
この記事を書いた人
カミムラ ナナ
「素敵なギフト」編集部の勤続2年目女子ライター。日々、大好きな取材や編集に明け暮れていて、とても幸せです。自分が出会った素敵なギフトを、自分のか細い語彙力で紹介していきます。凛とした言葉を奏でられる人に憧れる。
- Twitter:@kamimura_nana